この物語はシリーズでお届けしています。
▶ 第1章:出会い から読む
彼との時間は、特別なものから「当たり前」へと変わっていった。甘美な日常に溶けながら、私はますます彼を求めた。
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日常に溶ける彼

あの頃、彼との時間は特別なものだった。
待ち合わせの日は、朝からそわそわして、鏡の前で何度も服を見直した。
けれど、今は違う。
会うことが、まるで「仕事帰りに立ち寄るカフェ」のように自然になってしまった。
LINEの通知が鳴る。
画面に浮かぶ彼の名前を見ても、もうドキッとしない。
代わりに、「あ、今日も連絡くれたんだ」と、ほっとする感覚だけが残る。
会えば、食事をして、他愛ない話をして、ホテルに行く。
その流れはあまりにもスムーズで、私の生活の一部に溶け込んでいた。
背徳感や緊張感は、すっかり形を変え、まるで長く付き合った恋人との関係のようになっていた。
「今日は仕事疲れたな」
ベッドに横たわり、彼が小さくため息をつく。
私は無言で彼の髪を撫でる。
そんな些細なやりとりさえ、私にとっては幸せだった。
この関係に、終わりは来るのだろうか。
ふと、そんな考えがよぎる。
でも次の瞬間、彼が微笑んだだけで、その不安は消えてしまう。
別れ際、「気をつけて帰ってな」と言う彼の声が、私の日常を優しく包み込む。
彼がいることで、世界の輪郭が柔らかくなる。そ
れが、どれほど危ういことか、もう分からなくなっていた。
次回予告

気づけば彼は、私の日常の中に自然に存在していた。
その安らぎは、甘くて恐ろしいものでもあった。
次回「静かなる決断」――仕事を辞める覚悟と、揺れる心。
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