Chapter 13「思いがけない誘いから」

この物語はシリーズでお届けしています。
Chapter 1:出会い から読む


あの頃の私は、将来への不安を抱えながら、その日暮らしのように過ごしていた。

自由はあったけれど、心のどこかで「このままではいけない」と感じていた。

そんな時に差し伸べられたのが、彼からの思いがけない誘い。

それは、私の人生を大きく揺さぶる選択の始まりだった。

会社に入ってから見えた彼の家庭、そして二人で過ごす秘密の時間。

幸せと葛藤が入り混じる日々の中で、私は「今を生きる」という選択をしていた。

しかし、時が経つにつれ、家庭以外の、知らなくてもよかった”他の女性の存在”に心をかき乱されることになる。

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思いがけない誘い

風俗を辞め、フリーターとして働いていた頃。

自由はあったけれど、将来を考えれば不安ばかりが押し寄せていた。

「そろそろ定職に就かないと」 そんな思いを抱いていた矢先、彼から思いがけない言葉を告げられた。

「うちの会社に来ないか?」

彼の会社は家族経営。

もちろん妻もそこにいる。

秘密を抱えながら、その環境に飛び込んでやっていけるのか? 畑違いの仕事をこなせるのか?

不安は尽きなかったが、それでも私は彼のそばにいることを選んだ。

上司と部下、そして恋人

会社に入ると、意外にも妻と顔を合わせることは少なかった。

子供が小さい彼女は、遅めの出勤と早めの退勤で、すれ違う日々が続いたからだ。

私は慣れない外回りの仕事に必死で、彼とはあくまで「上司と部下」として接していた。

けれど、外で会えばそれは別。

二人きりになると、仕事の話は一切せず、以前と変わらない恋人同士に戻ることができた。

その切り替えが、私たちの関係を続けるための暗黙のルールだったのかもしれない。

しかし、家庭の存在を完全に忘れることはできなかった。

保育園からの呼び出しで子供を迎えに行く彼、入院した妻に代わって子供の世話をする彼。

「やっと寝た」と夜中に送られてくるLINE

時には妻が子供を連れて会社に来ることもあった。

そのひとつひとつが、私に「彼には家庭がある」という現実を突きつけてきた。

頭では分かっていても、心はやはり痛んだ。

手放せない理由

けれど、だからといって彼を手放そうとは思わなかった。

正確に言えば、「手放さない」と決めていたわけでもない

ただ、手放す理由が見つからなかったから

彼のことが本当に好きで、どうしても嫌いになれない。

家庭があることを理解してもなお、一緒にいたいと思ってしまう。

理性よりも気持ちが勝ってしまう。

それが私の正直な心だった。

今を生きる選択

たまに行く旅行やホテルでのデート。

そんな時間は、私にとってかけがえのない幸せだった。

隣にいる温もりを感じるだけで、心は満たされていった。

未来を憂えても、状況は変わらない。

だったら「今が幸せなら、それでいい」と割り切るしかない。

そう思いながら、私は彼との時間を大切にしようと心に決めた。

そして芽生える感情

「家庭」という現実は、最初から分かっていた。

だから妻や子供に対して、怒りや憎しみのような感情を抱いたことはなかった。

むしろ、それは彼が背負う日常の一部として、受け止めるしかないと心に言い聞かせていた。

けれど、心をざわつかせたのは、別のことだった。

私の知らないところで、彼が他の女性と関わっているかもしれないという現実。

家庭ではなく、私と同じように「彼に特別な感情を向ける存在」がいるのではないか。

その可能性を感じた瞬間、胸の奥に抑えきれない嫉妬が芽生えていった。

それは、家庭に対する嫉妬よりもずっと鋭く、苦しい感情だった。

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